20歳、建築現場からトラックへ — ドライバーを始めたきっかけ

トラックドライバー

前回の記事では、25年間ドライバーを続けてきたとお話ししました。

今回は、その出発点──私がどうしてこの仕事を選んだのか、20歳の頃を振り返ってみようと思います。

建築現場で働いていた日々

ドライバーになる前は、建築現場で働いていました。

体を動かす仕事が嫌いだったわけではありません。先輩にもよくしてもらいましたし、夏の暑さも冬の寒さも、若い体で何とか乗り切ってきました。

ただ、毎日現場へ通いながら、心のどこかで「ずっとこの働き方でいけるのかな」という思いが静かに積もっていったのも事実です。

20歳、トラックに乗り始める

そして20歳の頃、思い切ってドライバーの世界に飛び込みました。

最初の仕事は、市場での配送。魚を運んだり、スーパーに食品を届けたり、そんな日々でした。

早朝の市場の独特の活気、セリの声、氷の入った発泡スチロールの重さ、スーパーの裏口の匂い──当時の風景は、今でもはっきり覚えています。建築現場で鍛えた体は、積み下ろしでもしっかり役に立ってくれました。

忘れられない、初めての配達

一番よく思い出すのは、初めての配達の日のことです。

当時はスマホもカーナビもありません。頼れるのは、会社の人が紙に書いてくれた地図だけ。線と四角と、ちょっとしたメモ書き。それを助手席に広げて、必死にハンドルを握りました。

案の定、道に迷いました。知らない路地に入ってしまって抜けられなくなったり、荷物を間違えて会社に戻ったり。今思えば笑い話ですが、その時は冷や汗だらけです。

配達先の人たちも、見たことのない新人が来るわけで、最初は「誰この人…」という顔をされました。少し不安そうな、警戒するような空気。それはそうですよね、大切な商品を託すわけですから。

でも、何度か顔を出すうちに、不思議と関係は変わっていきます。「おう、今日も遅くまで大変だな」「これ持っていけ」と声をかけてくださる方がたくさん出てきて、慣れてしまえば本当にいい人ばかりでした。この人とのつながりが、今でも私の中で一番の財産です。

トレーラーに乗る先輩への憧れ

市場配送で働くうち、同じ会社にトレーラーに乗っている先輩がいました。

大きな車体を扱う姿、ちょっと寡黙で職人っぽい佇まい、積み方の丁寧さ。見るたびに「かっこいいな」と思っていました。

「自分もあんな風に乗りたい」──その気持ちが抑えられなくなって、免許を取りに行きました。

海上コンテナで15年

そこから、海上コンテナを運ぶトレーラードライバーとして、15年間ハンドルを握り続けることになります。

港の景色、コンテナヤードの緊張感、長距離を走る夜、仲間たち──書き始めると止まらなくなる思い出がたくさんあって、このあたりの話は別の記事でゆっくり書きたいと思っています。海コンの世界は、本当に特殊でおもしろいんです。

そして今は、食品配送

長くトレーラーを務めたあと、今は食品を運ぶ仕事をしています。

車種は変わっても、やっていることの核は変わりません。「荷物を、約束の場所へ、約束の時間に、安全に届ける」。このシンプルな仕事に、25年通ってきました。

それでも続けてこられた理由

正直に言うと、楽な仕事ではありません。

朝は早いし、渋滞はあるし、道に迷うし、体もしんどいし、家族に心配をかけることもある。

それでも続けてこられたのは、運転が好きだから。きっとこれに尽きると思います。

ハンドルを握って、景色が流れていく。季節が変わり、空の色が変わり、通り過ぎる街の様子が変わる。運転席に座っているあの時間が、自分にとってはいちばん落ち着ける場所なのかもしれません。

好きだから、しんどくても続けられた。若い人に何か伝えられることがあるとすれば、これが一番かもしれません。

次回は

次回は、第1回の最後に書いた「ある一日」のお話です。出庫から帰庫までの流れ、渋滞やトイレ問題、荷物の積み方──現場のリアルを、正直に書いてみようと思います。

今日も最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。

いっちゃん

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